第47章 【第四十二話】『私』として、ここに
その不安は、確かに胸の中にある。
けれど、あの時のように、恐怖が勝手に消えていくことはなかった。
怖い。
そう思える。
不安で、胸が痛む。
その痛みが、自分のものとしてちゃんと残っている。
それが、逆に救いだった。
コムイさんの目が、喉元の亀裂へ移った。
「そして、『ニルヴァーナ』についてだけれど――あの日以来、精神干渉の反応が一度も出ていない」
リナリーが息を呑んだ。
「それって……」
「廊下で起きたような、他者の恐怖を鎮静させる反応も、隔離処置室で確認された、ティファちゃん自身の感情を均していく反応も」
コムイさんはひとつ息を吐いた。
「どちらも、観測されていないよ」
無意識に、ラビの手を握り返していた。
ラビがすぐにこちらを見る。
コムイさんは、抱えていた医療記録を閉じた。
「……それから、君に謝らなければいけないことがある」
逃げずに、私を見つめていた。
「聖女化の可能性を知りながら、君に知らせなかった。それは僕の判断ミスだ。本当に、すまなかった」
首を横へ振ろうとして、やめた。
コムイさんを責めたいわけではない。
けれど、何も思っていないわけでもなかった。
怖かった。
知らされていれば、と思う気持ちも確かにあった。
そのどちらも、今は無理に消したくなかった。
首を振ることも、頷くこともできないまま、コムイさんを見つめ返す。
コムイさんは、その沈黙ごと受け止めるように、一度だけ頷いた。
その時、扉の傍に立っていたリンクが懐中時計へ目を落とした。
「これ以上の面会は、患者の負担になります」
淡々とした口調だった。
「アレン・ウォーカーには、まだ中央庁へ提出する報告書の記入が残っています。そろそろ同行していただきます」
アレンの表情が曇った。
リナリーが心配そうに振り返る。
「アレンくん……」
「大丈夫です」
アレンは笑ってみせた。
「今は、ティファが目を覚ましてくれたことだけで十分ですから」
何も言えないまま、アレンを見つめた。