第46章 【第四十一話】特別という祈り
「……馬鹿が」
神田の低い声が落ちた。
鋭い言い方だった。
けれど、その視線はティファから一度も逸れない。
「自分から死にに行きやがって……」
吐き捨てるような声が、最後だけ僅かに掠れていた。
リナリーは涙を拭うこともせず、医療班の動きを見つめている。
アレンも、血に染まった白い床から目を逸らさなかった。
壊れかけた計測器の向こうで、ジョニーが息を呑む。
「室長……波形が……」
コムイが、すぐに振り返った。
「どうなってるの」
「聖女化に伴う均一化波形が……検出限界まで下がっています」
部屋にいた全員が、息を止めた。
ジョニーは信じられないように、何度も計測器を確かめる。
「でも、消滅したわけじゃないみたいです。イノセンス反応は残ってる。適合率も安定してるけど……内部構成が、まだ変動してます」
リーバーが、別の計測盤を睨みながら低く呟く。
「さっきまで押し合ってた均一化波形と、本人の精神波形が、一度ほどけて組み直されてるのか……?」
コムイは、医療班に囲まれるティファの喉元へ視線を落とした。
包帯の隙間から覗く、寄生型特有の緑色の十字紋章。
その中心には、細い銀色の亀裂が走っている。
砕けた何かを、内側から繋ぎ直しているような痕だった。
「……少なくとも、均一化は止まっている」
コムイの声が、低く落ちた。
一度、言葉を切る。
それから、処置を受けるティファを見つめた。
「ティファちゃんは今、自分を消して救う道を……押し返したんだ」
けれど、と続ける声は、重く沈んでいた。
「聖女化そのものが消えたわけじゃない。ニルヴァーナの再構築もまだ終わっていない。今後また同じ反応が起きないとも、断言できない」
リナリーが、涙を堪えるように口元を押さえた。
アレンの瞳も、痛いほど揺れている。
神田は何も言わない。
その目は、変質した紋章ではなく、処置されるティファの顔へ向けられていた。
ブックマンだけは、ティファを見ていなかった。
血を流したまま、一人の少女から目を離せずにいる自分の弟子を、静かに見つめている。
ラビは、その視線に気づかなかった。
「……そうか」
老人の声が、ぽつりと落ちた。
それ以上は、何も言わなかった。