第45章 【第四十話】この世界に縫い止めるもの
「ティファ」
アレンの声がした。
少し離れた位置で、拳を固く握っている。
普段の穏やかな微笑みはない。
「君は、昔からそうだ。誰かのためなら、自分が壊れる方を選ぶ」
ティファの胸が、僅かに痛んだ。
幼かったアレンへ手を差し伸べた日。
声もなく俯いていた少年の傍へ座り、何度も言葉を掛けた夜。
「でも、それで“平気な顔”しないでください」
アレンの声が震える。
「君が怖いのに。苦しいのに。それを無かったことみたいに笑われたら……僕は、見ていられない」
「私は、“聖女”みたいなティファより」
被せるように、リナリーの声が重なった。
泣きそうな顔で、それでも、まっすぐに。
「料理でラビを困らせたり。一人の女の子として、恋に悩んだり。ちゃんと怒って、泣いて……誰かを特別にする」
涙を堪えながら、リナリーは続ける。
「そういうティファの方が、私は好きだよ」
二人の言葉が、胸へ降り積もる。
アレンへ差し伸べた手。
リナリーと笑った時間。
任務帰りに交わした、誰にも言えない気持ち。
その全部が、一斉に胸の奥を叩いた。
どくん。
『ニルヴァーナ』が、強く脈打った。
あの子たちを、悲しませたくない。
泣いている顔を見るのは、つらい。
なら、笑ってあげればいい。
そんな穏やかな囁きが、降り積もった言葉を覆い隠していく。
「……でも」
ティファは、掠れた声を漏らした。
初めて、自分から言い返した。
「あれも……私が、言ったことなのかしら……」
二人の顔が、強張る。
「優しさも、恋も……苦しむ人に反応する血が、そう思わせただけなら……」
ティファは、自分の胸元を押さえた。
「私は……何を、信じればいいの……?」
一瞬、誰も言葉を返せなかった。
その沈黙を、低い舌打ちが裂いた。
「……チッ」
神田だった。
壁際から、ゆっくりと身体を起こす。
その顔は険しく、苛立っているように見えた。
「前に、お前言ってたよな」
苛立ちを噛み殺すような声だった。