第45章 【第四十話】この世界に縫い止めるもの
「けれど、その力を何度も、何度も求められ続ければ……本人の心が耐えきれなくなる」
ティファは、コムイの声を聞きながら、自分の両手を見つめた。
では。
今まで、自分が誰かへ掛けてきた言葉は何だったのだろう。
傷ついたアレンへ差し伸べた手。
泣きそうなほど苦しんでいた少年に、何度も掛けた言葉。
ラビに向けた想い。
彼の傍にいたいと願った気持ち。
神田へ問いかけた、人とは何かという言葉。
それは本当に、ティファ自身のものだったのだろうか。
苦しむ人の声に反応する、セトラの血が言わせただけではなかったのか。
救いたいと思った。
寄り添いたいと思った。
泣いている人の傍にいたいと思った。
けれど、それが自分の意思ではなく、生まれ持った性質による反射だったのだとしたら。
優しさだと思っていたものが。
自分の心だと信じていたものが。
――ただの血の働きだったのだとしたら。
ティファは、喉元へ震える手を添えた。
自分の優しささえ、信じられなくなる。
自分の涙さえ。
自分の恋さえ。
本当に自分のものだと、どうして言い切れるのだろう。
どくん。
疑った、その瞬間だった。
喉元の熱が、静かに深くなった。
「その時、セトラの力は本人を守ろうとする」
コムイの声が、遠くから戻ってきた。
「苦しまなくていいように。壊れなくていいように。恐怖も、怒りも、悲しみも……痛みを生む感情そのものを、少しずつ遠ざけていく」
「守るために……感情を消すってこと……?」
リナリーの声が震えた。
コムイは、答えるまでに僅かな間を置いた。
「消す、というより……均してしまうんだ。波立たないように。誰か一人に心を傾けて苦しまないように。何かを失って泣かなくて済むように」
ティファの胸が、冷たく沈んでいく。
「救うための力が、本人の心まで“救おう”としてしまう。けれど、その結果残るのは……恐れも怒りも、誰かを特別に想う痛みも持たない、穏やかな救いの器だ」
コムイは、静かに息を吐いた。