第45章 【第四十話】この世界に縫い止めるもの
「お前、さっき泣いてたろ」
「……ラビ……」
「怖ぇなら、怖ぇって顔しろよ」
もう一歩、ラビが近づく。
「苦しいなら、苦しいって言えよ。何で……お前が一番怖ぇはずなのに、皆のためみてぇな顔して笑ってんだよ……」
胸が、痛んだ。
その痛みだけは、『ニルヴァーナ』の穏やかな熱を押し返すように、鮮明だった。
怖い。
本当は、怖い。
自分が何をしたのかも。
このまま何を失っていくのかも。
ラビを見ても、もう胸が痛まなくなるのかもしれないことも。
「……怖い……」
掠れた声が、震えながら漏れた。
ラビの目が揺れる。
「私……怖い……」
一度口にすると、堰を切ったように涙が溢れた。
「自分が……何を感じているのか……分からなく、なる……」
リナリーが口元を押さえる。
アレンも、苦しそうに眉を寄せた。
神田の目が、鋭く細められる。
コムイは計測器へ視線を落とし、それからティファの喉元を見た。
淡く明滅する白銀の光。
規則正しく均されていく精神波形。
そして、ティファ自身の言葉。
コムイは、苦いものを呑み込むように目を伏せた。
「……聖女化だ」
低い声だった。
部屋の空気が、凍りついた。
「……聖女化……?」
リナリーが、怯えたように聞き返す。
ティファも、瞬きすらできずにコムイを見た。
コムイはすぐには続けなかった。
けれど、逃げることもできないと知っているように、ゆっくり口を開く。
「教団の古い記録に残されている現象だ」
声が、重く沈む。
「セトラ族は、元々感受性が高すぎるんだ。苦しむ人間の声や、恐怖や悲しみに触れると、それを自分の内側へ流し込んでしまう」
ティファの指先が、シーツを掴んだ。
感受性が高すぎる。
その言葉が、胸の奥へ冷たく刺さった。
「だからこそ、彼女たちは魂へ寄り添えた。死者を送り、残された者の痛みを鎮めることができた。……本来なら、それは苦しみに触れるための力だった」
コムイの声が、僅かに沈んだ。