第45章 【第四十話】この世界に縫い止めるもの
怯えていたファインダーたちの顔。
震える声。
次にまた襲われたら、もう無理なんじゃないかと零した恐怖。
そして、自分の歌が響いたあと。
彼らの顔から、恐怖が消えた。
穏やかな表情で膝をつき、安心しきった声で呟いた。
もう怖くない、と。
あれは慰めではなかった。
悲しみや恐怖へ寄り添ったのではなく、感じることそのものを奪った。
その光景を思い出しただけで、胸の奥が冷たくなる。ティファは膝の上で指を強く握り締めた。
喉元では、寄生型イノセンス――『ニルヴァーナ』が淡く脈打っている。
どくん。
どくん。
規則正しく。
静かすぎるほど、穏やかに。
その静けさが、ひどく恐ろしかった。
少し離れた壁際には、ラビが立っていた。
額にも腕にも、まだ白い包帯が巻かれている。
方舟から帰還して数日しか経っていないのだから、本来なら彼もまだ安静にしていなければならない状態だった。
それでも、ラビはここにいる。
いつもなら、重くなった空気を嫌うように軽口の一つでも叩くはずなのに、今は一言も喋らない。
片方だけ覗く翠の瞳が、ずっとティファを見ていた。
その視線に気づくたび、胸の奥が締めつけられる。
傍に来てほしい。
けれど、触れてほしくない。
もしまた歌ってしまったら。
もし、ラビの心まで自分の声で変えてしまったら。
考えるだけで、呼吸が浅くなる。
結界の内側、少し離れた位置では、アレンとリナリーが並んで立っていた。
リナリーは胸元で両手を固く組み、泣きそうな顔でこちらを見ている。
アレンは唇を引き結び、左手を握り締めたまま動かない。
神田は壁際に凭れ、腕を組んでいた。
六幻はまだ修復されていない。
それでも、鋭い視線だけは、ティファから一度も外れなかった。
誰も、何を言えばいいのか分からないようだった。
処置室には、計測器の低い駆動音と、ティファ自身の浅い呼吸だけが残っている。
その沈黙に耐えられなくなり、ティファはゆっくりと唇を開いた。