第44章 【第三十九話】優しい歌の檻
歌で不安を和らげて。
悲しみに寄り添って。
それを、救いだと思っていた。
けれど、もし。
誰かが本来抱えるはずだった苦しみまで、自分の歌で覆い隠していただけなら。
怖がることも、泣くことも、立ち止まることも許さずに。
ただ“前を向けるように”していただけなら。
それは、本当に救いなのだろうか。
どくん。
疑いが胸を過ぎった、その瞬間だった。
喉元の熱が、微かに強くなった気がした。
指先が震えた。
歌ってはいけない。
今は、歌ってはいけない。
そう思った。
なのに。
曲がり角の向こうから、また不安を押し殺す声が聞こえる。
「……怖いな」
小さな声だった。
「俺、次も生きて帰れるのかな……」
胸の奥が、強く痛んだ。
助けたい。
大丈夫だと伝えたい。
少しでも、この恐怖を軽くしてあげたい。
どくん。
喉の奥で、『ニルヴァーナ』が大きく脈打った。
「っ……!」
焼けるような熱が、喉元から胸へ広がる。
ティファは咄嗟に壁へ手をついた。
息が詰まる。
どくん。
どくん。
脈動が、さらに強くなる。
まるで、内側から何かが目を覚ますように。
(……駄目)
ティファは喉元を押さえた。
(歌っては、駄目……)
けれど、喉の奥で熱が膨れ上がる。
息を抑えようとしても、身体が言うことを聞かない。
曲がり角の向こうで、ファインダーの一人が気づいたように顔を上げた。
「……誰か、いるのか?」
その瞬間。
ティファの唇が、僅かに震えた。
声というより、傷ついた喉から無理やり漏れた音だった。
「……っ、ぁ……」
歌と呼ぶには、あまりにも壊れた声。
本来なら、息を震わせるだけでも痛みが走るはずだった。
なのに。
その掠れた音に重なるように、銀白の光が淡く広がる。
まるで、傷ついた喉の代わりに、『ニルヴァーナ』そのものが旋律を形にしているようだった。