第44章 【第三十九話】優しい歌の檻
ティファの指が、喉元で止まる。
ラビは笑わない。
けれど、追い詰めるような声でもなかった。
「痛ぇだけなら、そういう顔しねーだろ」
ティファは、反射的に視線を逸らした。
その動きを見たラビの目が、僅かに細くなる。
「……何か、あった?」
ティファは答えられない。
声が出ないからではない。
メモ帳へ書くことさえ、できなかった。
ヴェインに言われたこと。
自分の歌への疑い。
あの歌で救ったと思っていた人々の顔が、今は別の意味へ変わってしまいそうで怖いこと。
ラビへ伝えたら、何かが決定的に崩れてしまう気がした。
ティファは、視線を伏せたまま小さく首を横へ振る。
その時、ラビの手が静かに伸びてきた。
触れようとしたのは、喉元ではない。
メモ帳の上で強張っていた、ティファの指先だった。
「……ティファ」
けれど。
触れられる寸前、ティファの身体が反射的に強張った。
――霧の中で、最後まで離さなかった指先。
あの手を、今は。
逃げるように手を引き、シーツを強く握る。
ラビの手が、宙で止まった。
「……」
ティファの胸が痛んだ。
違う。
ラビが怖いわけじゃない。
触れてほしくないわけでもない。
むしろ、その逆だった。
ラビの優しさへ触れたら、縋ってしまいそうで怖い。
もし、自分の歌が本当に誰かの心を縛るものなら。
自分がラビを求めることさえ、どこか間違っているように思えてしまう。
ティファは、震える指でシーツを握ったまま、顔を上げられなかった。
長い沈黙が落ちた。
やがて、ラビの手がゆっくりと引かれる。
「……そっか」
落ちた声は、いつものように軽く聞こえた。
けれど、ティファが顔を上げると、ラビの口元に浮かんだ笑みはどこかぎこちなかった。
「じゃ、今日はこのへんで帰るさ」