第43章 【第三十八話】呼べなかった名前
元帥は、ふと目を細めた。
「仲間、でいいのかな」
「――黙れ」
低い声だった。
「それ以上、余計なことを言うな」
「照れることはないだろう」
「照れてねぇ!!」
怒声が、方舟の白い壁に反響した。
「神田、落ち着け」
マリが苦笑しながら間へ入り、それでも本気で止める気はなさそうに、気色ばむ神田の肩を軽く押さえている。
ミランダはおろおろと二人を見比べ、チャオジーは呆気に取られ、キエとマオサは顔を見合わせていた。
ラビは、開きかけた口を閉じた。
……今じゃねぇか。
あの湖の上で、この老人の指が一瞬止まったのを、ラビは見ていた。
ヴェイン。
その名前に、じじいは何かを知っている。
けれど、この騒がしさの真ん中で問い詰める話じゃない。
それに――聞くべきなのは、多分オレじゃない。
ティファだ。
あいつが自分の声で、自分のこととして聞くべき話だ。
だから今は、呑み込む。
ただし、忘れはしない。
「……やっぱ、なんでもねぇ」
低く呟いて、ラビは首を振った。
「もういいか、じじい」
「ああ」
ブックマンは、それ以上何も問わなかった。
背後では、まだ神田の怒声が響いている。
生きて戻ったからこそ許される、馬鹿げた騒がしさだった。
強くなったつもりでも、あの寝顔を今思い浮かべれば、この平坦さはきっと崩れる。
揺れないことと、想いが消えたことは、違う。
記録者としての自分も。
ティファを想う自分も。
どちらも、確かに自分の中に在る。
ラビは、賑やかな方へ――ではなく。
白いソファの置かれた部屋へ、足を向けた。
その背を、老人の眼が見送っていた。