第5章 旨いバランス
俺がようやく教室に戻れた頃にはもう既に今日の講習は終わっていた。
教室が並ぶ校舎は昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
まだいるのかな。
廊下からそっと教室内を覗く。
いた。
椅子に座って、机に突っ伏して、足をプラプラ揺らしてる。
…可愛い。
何が可愛いって、それを俺の席でやってるんだから。
内臓のどこかをキュウッと掴まれるような感覚がする。
そんなを少しだけ眺めてからドアを開けた。
ドアの開く音を聞くとは顔を上げてビックリしたように開かれた目で俺を見て、すぐにちょっと不機嫌そうな顔になった。
「…悪い、遅くなった」
言いながらの横まで歩いて行く。
その間、は何も言わずにジーッと俺の顔を見ていた。
で、横に来た俺を見上げて、
「もう大丈夫なの?」
と訊いてきた。
ドキリとした。
俺の心が見透かされているのかと思った。
「日下部が甘井、講習の小テストもレポートも散々で受講終了出来ないかもしれないって。別室で別課題やらせてるって聞いた」
あ、そういうことになってんだ。
日下部さん、グッジョブ。
「あ…あぁ、たぶん…大丈夫」
些細なことってワケでもないけど、のための嘘でも何となく気が引ける。
そんな俺をは未だに少し冷めた目で見てきて、何と言葉を続けたらいいかわからなくなって黙った。
は溜息をついて、呆れたみたい。
「甘井、バカだもんな」
「な!いや、頭良くはないけど…」
強く否定もできないでハハハと苦笑いしてると、が俺に向かって紙を二枚差し出してきた。
受け取るとルーズリーフに何がビッシリ書き込まれてる。
「今日の動画のやつ。日下部に甘井も後から動画見るって聞いたけど、甘井、動画見ただけじゃ理解できないだろ…バカだし」
え、俺のためにメート取っててくれたってこと?
てか、ルーズリーフなんて持ってないじゃん。
他のやつに声かけてもらったってこと?
あのが?
ルーズリーフに目を落とすと綺麗な字が並んでる。
読みやすい。
こういうところなんだよな。
たまに見せるこういうギャップに絡め取られてる。
「…ありがとう。大切にするよ」
「別に大切にするようなもんでもないだろ」
それでも嬉しそうに笑ってた。