第2章 餞別/氷織/双子妹/微病み
切る時は利き手を使う。
集中のいる作業だからだ。
肌に刃が入り、血がつ、と伝う瞬間に痛みが凝縮されて自分の中から流れるような感じになれる。
その瞬間を思い出すと、弱く醜く無価値な自分が可哀想で、救われそうで、恍惚として笑いが出そうになる。
薄暗い廊下の中で、右腕に不規則に刻まれる肉を割る歪な膨らみ達は、繭の苦しみと生きた証だ。
色も形もとりどりで愛おしい、繭自分だけの大切な宝物。
全てを受け入れ肌の色に同化しているコ、まだ茶色く抵抗しているコ、最初の痛みを残した赤いままのコ。
美しい曲線のコ、汚いざらつきのコ、腫れた笑えるひょうきんなコ……
同時に、何の意味もない自虐行為に生きる希望を見出している愚かな自分が滑稽で、もうひとりの自分が内側から自分を笑い蔑んでいる。
「引く?」
「……いや。見せるんやなって」
これはどこか、無垢な子供に暴力的なものを見せつける時の快感に近い。
あの人達がこの世の希望だと信じて病まない羊に、苦しみのお裾分けと罪の共有意識の餞別を渡したかった。
でも結局、本当は何がしたいのかは繭自身もわからないままだ。
(だってお前は、何も知らないくせに。)
自分の内側からはいつもうるさい声が聞こえてくるのだ。
繭の部屋には普通は使わないような大きめの絆創膏が用意されていること。
切れ味の違いを味わうためにいくつも種類のカミソリがあること。
この世の誰も知らない秘密を羊にだけは教えてあげることに、むしろ感謝して欲しいくらいだ。
一番新入りのコからは、まだ洗礼の痛みが新しかった。
じわりと滲む血の赤は、一番弱くて、一番暖かくて、一番綺麗だ。
「ここ、さっき切った」
「……生きたいから、切ったんやろ」
その一言が、重い。
見ないように蓋をしているものを、勝手に撫でられるようでざわりとする。
それと同じくらい、どうしてなのか、油まみれの心を溶かすような気もする。