第1章 深夜のマンションで
(嫌、来ないで、誰か――!)
声にならない悲鳴が喉の奥で震える。
逃げようともがけばもがくほど口元を覆う影は食い込み、手足を縛る拘束は強くなっていく。
恐怖で頭の中が真っ白に染まる中、ついにその黒い幽霊の手がの身体に触れた。
脳裏が割れるような衝撃と、悍ましい冷気が全身を駆け巡る。
絶望のなかで意識が急速に遠ざかっていったーー。
「あれ……?」
荒い呼吸を整えながら、は困惑に眉をひそめた。
気がついたらそこはエレベーターの中ではなく、見慣れたマンションの自分の部屋の前の廊下だった。
連日の残業に理不尽な業務量。
働きすぎで頭がおかしくなって、一瞬のうちに奇妙な悪夢でも見ていたのだろうか……。
しかし、そう自分に言い聞かせようとした直後、激しい拒絶感が脳裏をよぎる。
そんなわけがない。
今も胸の奥で早鐘を打っている心臓の音が、肌にべっとりと張り付いたままのあの冷たい指の感触が、すべて現実だったと生々しく主張している。
身体が恐怖を覚えたまま、未だにガタガタと震えていた。
とにかく、この不気味な廊下から一刻も早く抜け出さなければならない。
気を取り直して前に進もうと視線を上げた、その時だった。
「きゃあぁっ――!」
心臓が跳ね上がり、短い悲鳴と共にはその場に尻餅をついた。
いつの間にそこにいたのか。
きっちりとしたスーツを身に纏い、長い髪を垂らした一人の女性が目の前にぽつんと佇んでいたーー。