第1章 『知られてはいけない、この気持ち』
「――そこで何してるの?」
不意に落ちた声に、
𓏸𓏸の肩が跳ねた。
顔を上げた瞬間、
扉の向こうでハンジがこちらを見ていた。
片目を細め、
不思議そうに首を傾げている。
「あ……っ」
終わった、と思った。
聞かれていたかもしれない。
ずっと立ち止まっていたのも、
見ていたのも。
熱が一気に顔へ集まる。
「す、すみません……!通りかかっただけで……!」
逃げるように頭を下げた、その時。
「待って」
やわらかい声に、足が止まる。
ハンジは数歩こちらへ近づくと、
𓏸𓏸の抱えていた書類へ目を落とした。
「その報告書、見てもいい?」
「え……あ、はい……!」
「なるほど。これは有益な情報だ」
ふっと笑う。
その瞬間、
張り詰めていた空気が少しだけほどけた。
近い。
思ったより背が高くて、
インクと紙の匂いが微かにする。
視線を上げられない。
「君、確か……」
名前を思い出そうとするように、
ハンジが少し眉を寄せる。
𓏸𓏸の胸が痛いほど鳴った。
やっぱり覚えられていない。
当たり前だ。
話したことなんて、ほとんどないのだから。
そう思ったのに。
「𓏸𓏸、だったかな」
呼ばれた瞬間、
息が止まった。
「……え」
「合ってる?」
優しい声音だった。
ただ確認しただけ。
それだけなのに。
ずっと隠していた気持ちが、
その一言だけで崩れそうになる。
「は、い……」
掠れた返事しか出ない。
ハンジはそんな𓏸𓏸を見て、
少しだけ目を細めた。
「そんなに緊張しなくていいよ。取って食べたりしないから」
冗談めかした口調。
でも。
近くで見るその横顔は、
思っていたよりずっと綺麗で。
理性的な目をしているのに、
時折ふっと熱を宿す瞬間があって。
𓏸𓏸は耐えきれず視線を逸らした。
――知られてはいけない。
この気持ちは。
知られた瞬間、
きっと全部終わってしまうから。
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