第2章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる II**
自販機に拳を叩きつけた時のあの感情が、戻ってくる。
が恵を見ただけで腹が立って。
が泣いただけで調子が狂って。
が僕から離れていくことを考えただけで、気分が悪くなる。
何これ。
まじで何。
ずっといらないと思ってきたもの。
僕、欲しいの?
たぶん。
いや、かなり。
嘘だろ。
それって、つまり――。
……いや。
考えたくない。
だから代わりに、こんな聞き方をしている。
我ながら本当に性格が悪い。
「どっちが特別なの」
の肩口に額を押しつけたまま、彼女の細い呼吸を聞く。
すると、が腕の中でもぞりと身じろいだ。
肩口に押しつけていた額を離すと、ゆっくりとがこちらを向いた。
涙で濡れた目が、至近距離で僕をじっと見上げている。
そんな目で見られると、こそばゆいんだけど。
「先生……なんで……」
はそこで言葉を飲み込んだ。
なんで、そんなこと聞くんですか。
なんで、そんなに怒るんですか。
なんで、こんなことするんですか。
たぶん、聞きたいことはそのあたり。
……なんでだろうね。
自分でもよくわかんない。
「それより答えてよ。そんなに難しい?」
なんで即答しないの?
前ならすぐ答えられたよね。
の唇が、ためらうように微かに開いた。
「せ……」
息みたいな声だった。
けれど、それ以上は続かなかった。
はきつく唇を噛んで、目を伏せる。
涙で濡れた睫毛が、小さく揺れていた。
もう、言えないんだ。
僕の名前だけを、迷わず選ぶことはできない。
の中から、恵を消せないんだ。
胸の奥で、また何かがじりっと焦げるような感じがした。