第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
「だから、泣くなよ」
お兄さんは、黒い制服の袖で私の頬をぐいっと拭ってくれた。
変な人だ。
強くて、大きくて、ちょっと乱暴で。
さっきから、ずっと食べてる。
本当に、変な人。
でも、不思議とこの人と一緒なら、変でも悪くないと思えた。
「名前は?」
「……」
「ね。僕は五条悟」
ごじょう、さとる。
その名前を、私は何度も心の中で繰り返した。
青くて綺麗な目をしてる人。
黒いものを、簡単に消してしまった人。
私と同じ変なお兄さん。
「、家どこ? 送ってく」
「知らない人についていっちゃだめって、お母さんが言ってた」
「知らない人って……僕、助けただろ。じゃあ、僕は後ろからついてくから、は一人で帰ってるつもりで歩けば?」
「それ……なんだか、すとーかーみたい」
「…………」
結局、私は家までお兄さんに送ってもらうことになった。
夕方の道を、お兄さんと並んで帰る。
さっきまで怖くて震えていたのに。
お兄さんが隣にいるだけで、嘘みたいに安心できた。
「さっき、なんで術式使わなかったの?」
「じゅつしき?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、お兄さんが「まだわかんないか」と独り納得したように呟いた。
「の力のこと。あのぐらいなら、その力で祓えるよ」
「そうなの? 自分でもよくわかんない。変な生き物、出せるようになったの……最近だから」
「変な生き物? あー、式神のことね」
「黒い鳥みたいなのとか。呼ぼうと思って呼んでるんじゃないのに、勝手に出てくる時があるの」
こんなこと、人に言ったら絶対におかしいと思われるから。
お母さんにも、お父さんにも言ったことがない。
でも、お兄さんは笑わずに聞いてくれた。
「ふーん。いいもん持ってるのに。ちゃんと使えるようになったら、結構強いと思うよ」
強い。
そんな言葉は、私にはぜんぜん似合わない。
私は怖がりで、泣き虫で。
あの黒いものを見ただけで足が動かなくなるのに。
「……あ」
気づいたら、家の前に着いていた。