第2章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる II**
静まり返った部屋に残されたのは、僕と恵だけ。
逃げられた。
僕の目から。
僕の手から。
どこか恵を気にしたまま。
恵が何も言わず、戸の方へ歩き出す。
を追いかける気だ。
僕は立ち上がり、恵の腕を掴んだ。
「……っ、なにするんですか」
恵が鋭い視線で僕を睨みつける。
隠そうともしない、僕への明確な苛立ち。
恵、僕もちょっと機嫌悪いんだよね。
に向けていた、その視線も。
僕からを隠そうとした、その生意気な態度も。
全部、気に入らない。
「恵、言ったでしょ」
「……何を――」
言いかけた恵の額に、人差し指と中指をとんと当てた。
「に、手出しちゃだめって」
「……っ、」
恵の体が、ぷつりと糸が切れたように脱力する。
倒れ込むその体を片腕で受け止めて、端の布団へ雑に寝かせた。
「子供はもう寝る時間」
恵の寝顔を一度だけ見下ろして、部屋を出た。
旅館の廊下は、すでに静まり返っていた。
聞こえてくるのは、窓ガラスを叩きつける激しい雨の音だけ。
を探すのなんて、造作もない。
角を曲がった先。
薄暗い廊下の奥、自動販売機の横。
壁に寄りかかるようにしてしゃがみ込む、小さな背中が見えた。
茶葉をもらいに行くなんて、やっぱり嘘だ。
わかってはいたけど、ただ一人になりたかっただけ。
頬も、呼吸も、落ち着かせようとして。
何かを必死に冷まそうとしているみたいに見えた。
「……」
僕の声に、の肩が大きく跳ねた。
慌てて振り返り、僕を見上げて目を丸くする。
その顔には、隠しきれない焦りと動揺が張り付いていた。
僕が来るとは思ってなかったんだろうね。
「なにしてんの? お茶っ葉もらえた?」
何も気づいていないふりをして、に一歩距離を詰めた。