第2章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる II**
「五条さん、お疲れ様です。高専へ戻られますか?」
「んー、そうだね」
サングラスを外し、アイマスクにかけ直しながら軽く返す。
伊地知は「承知しました」と頷き、車を発進させた。
「あの……そういえば、伏黒くんたちの件ですが」
「ああ。恵から聞いてる。電車止まったんでしょ。旅館に泊まるって」
「はい。今夜中のお迎えは難しいかと」
「まあ、この雨じゃね」
フロントガラスでは、ワイパーが忙しなく動いている。
それでも視界はすぐに雨で滲み、街灯の光が濡れたガラスの向こうでぐしゃぐしゃに歪んだ。
「ただ、その……」
「何」
「伏黒くんとさんが同室というのは……少々、気になりまして」
「気になるって、何が?……ああ、そういう心配?」
「えっ、あ、いや、その……っ」
伊地知の歯切れの悪さに、思わず笑ってしまう。
「伊地知ぃ、テレビの見過ぎ。恵だよ?」
「はい」
「だよ?」
「はい」
「何もあるわけないでしょ」
まぁ、恵は好きな子と一緒で悶々としてるかもしれないけど……。
「もちろん、私もそう思います。ですが……何かの弾みで、ということも……二人とも年頃ですし」
何かの弾み。
さっきまで笑えていたはずなのに、なぜか口元が動かなくなる。
「……いえ、すみません。考えすぎですね。余計なことを申し上げました」
伊地知は慌てたように笑って、運転に戻る。
そう。
その通り。
何もあるわけがない。
……ないはずなのに。
「……伊地知」
「は、はい」
「やっぱり予定変更。恵たちの旅館に向かって」
「えっ、ですが、今からだと――」
「いいから。行って」
「……あ、はいっ」
伊地知が慌ててハンドルを切って、車は高専とは違う方向へ走り出す。