第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
伏黒くんは立ち上がると、自分の浴衣の合わせを急いで整えた。
それから、畳に転がっていたスマホを拾い上げて、ライトをつける。
パッと部屋の一部が白く照らされた。
私も慌てて、はだけた浴衣をかき集める。
震える手で帯をきつく結び直した。
伏黒くんは足音を殺しながら、ゆっくりとドアの方へ向かっていく。
私は布団の上に座ったまま、その背中をじっと見守った。
カチャリと伏黒くんが内鍵を外す。
その瞬間、ドアが勢いよく開いた。
「もー。恵もも、僕からの電話全然出ないんだから」
懐中電灯の眩しい光と一緒に、見慣れた高い背丈が立っていた。
なぜか脇に布団を一つ抱えている。
「二人して電話無視して、一体なにしてたんだか」
先生は笑いながら、部屋にずかずかと入ってきた。
先生だ。
本当に、先生だ。
嬉しい。
嬉しいのに。
どうしよう。
でも、今だけは会いたくなかった気もする。
大好きな人に会えた嬉しさ。
さっきまで伏黒くんとしていたことへの後ろめたさ。
その二つがぐちゃぐちゃに混ざり合って、うまく息ができない。
伏黒くんが、すっと私の前に立った。
私を先生の視線から隠すように、背中で遮る。
そして、耐えきれないように口を開いた。
「……なんで、五条先生がここにいるんですか」
「なんでって――」
先生の手元が動いて、懐中電灯の強い光が伏黒くんの顔を照らし出す。
「恵が連絡してきたんでしょ。二人が帰れないって聞いたから、心配して来たの」
生徒を心配する、先生としての真っ当な言葉。
(心配して、来てくれたんだ……)
ズキリと心臓が痛む。
雨で帰れなくなった私たちを心配して、大好きな先生がわざわざ夜中に来てくれた。
それなのに、私は。
さっきまで、伏黒くんとあんなことをして。
罪悪感が、じわじわと胸の内側に広がっていく。
自分がひどくいけないことをしてしまった気がして。
先生の顔をまともに見られない。
伏黒くんは眩しそうに目を細めながらも、先生をまっすぐに見つめ返していた。
二人の間に冷たい沈黙が落ちる。
すると、懐中電灯の光が伏黒くんの背後に隠れている私の方へと向けられた。