第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
「ひゃっ……だめ、ふしぐろく――」
だめ。
そこは、だめ。
逃げようとしたのに、伏黒くんは今にも壊れそうな顔で私を見下ろしていた。
「……怖いなら、突き飛ばせ」
「……」
「今、たぶん自分じゃ止まれない」
伏黒くん、ずるい。
そんなこと私に言わないで。
突き飛ばせばいい。
怖いなら、逃げればいい。
そうしなきゃいけないこと、自分でもわかっているのに。
「そんな顔、しないで……」
「伏黒くんがそんな顔してるの、見たくない」
気づけば、伏黒くんの頬に触れていた。
熱い。
いつも冷静な彼からは想像できないくらい。
「……嫌なら、今言え」
「嫌、では……ない、と思う」
「なんだよそれ」
「わかんない……でも」
私も知っているから。
好きな人にちゃんと見てもらえないことが、どれだけ苦しいのか。
だから、伏黒くんが私を見るその目を無視できなくて。
「今は……ちゃんと、伏黒くんを見るよ」
私、何を言っているんだろう。
先生が好きなのに。
伏黒くんにこんなふうに触れて、そんなことを言って。
でも。
自分の中に生まれてしまったこの揺れを、なかったことにもできなかった。
伏黒くんの唇がゆっくりと近づいてくる。
唇が触れる直前、頭の中に浮かんだのは先生の顔だった。
ごめんなさい。
私は……今、誰に謝ったんだろう。
先生に。
伏黒くんに。
それとも、どちらの気持ちも綺麗に選べない自分に。
それでも、今だけは――。