第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
「はい、どうぞ」
が湯呑みを両手で持って、そっと差し出してくる。
「……さんきゅ」
湯呑みを受け取ると、がふふんと得意そうに言った。
「あ、ちょっとぬるめに淹れたよ」
「……」
「熱いの、苦手だったら困るかなって」
「……ぷっ」
思わず、吹き出してしまった。
「え? 笑うところ?」
「いや……」
初めて会った時のことを思い出す。
『ご、ご迷惑をかけないように頑張ります! 荷物持ちでも、ぬるいお茶淹れるのでもなんでもしますから……!』
あの時、確かにそう言っていた。
まさか、本当に淹れてくれるとはな……。
「……律儀すぎだろ」
「え?」
「なんでもない」
笑いを堪えるように湯呑みに口をつける。
熱すぎないお茶が、喉を通っていく。
「旅館のお茶って、なんでこんなに美味しく感じるんだろうね」
「……普通だろ」
「えー、そうかなぁ。家で飲むのより絶対美味しい気がする」
テレビでは、温泉街の食べ歩き特集が流れていた。
画面いっぱいに、焼きたての団子が映る。
「わ、あれ美味しそう……」
「駅に似たようなの売ってたな」
「え、本当?」
「明日、迎えが来る前に時間あったら見に行くか」
「うん。行きたい」
任務中でもなく、誰かと一緒でもなく。
こんなふうに二人で他愛もない話をするのは、妙に不思議だった。
が楽しそうにしている。
それを見ているだけで、さっきまでの黒い感情が嘘みたいに消えていく。
……単純だな、俺も。
しばらくテレビを見ながら話をしていると、時計の針は日付をまたごうとしていた。
「……そろそろ寝るか」
「あ、そうだね」
俺はリモコンを手に取って、テレビを消した。
途端に、部屋に残ったのは窓の外の雨音だけになる。
さっきから逸らしていた、二組の布団に嫌でも目がいった。
俺はこれから、この距離でこいつの隣に横になる。
急に現実感が戻ってきて、喉が渇いた。
が立ち上がり、壁際のスイッチに指をかける。
部屋の明かりが消える、その直前――