第4章 【五条悟】勿忘草の悪魔**
ホッと息を吐いて、目の前のパンをぱくりと口に運んだ。
あ、焼きたてだ。
おいしい。
昨日の夜から緊張で何も食べられなかったから、五臓六腑に染み渡るぅ。
お土産に五条さんにも買って……じゃなくて!
ちゃんと協力者として役に立たないと、私は祓われてしまう!
「そ、そういえば先輩……」
「ん?」
「私、昨日は気絶しちゃって最後まで見届けられなかったんですけど……精気をいただいたあと、相手の人間ってどのくらい疲れるものなんですか?」
「んー? まあ、人によるけど。普通はちょっと眠くなるとか、翌朝だるいとか、そのくらいよ」
その程度で、五条さんが「被害」と言うのだろうか。
五条さんの話だと、体調を崩して入院した人もいたらしい。
「じゃあ、命に関わることは……」
「普通はないわよ。精気を人間から必要以上に取ってしまうことは、会社のマニュアルでも禁止されているし」
「ですよね……。あと……私たちがいただいた精気のうち、三分の一は会社に提出する決まりじゃないですか」
「ええ、そうね」
「あの集められた精気って、会社は何に使ってるんでしょうか?」
私がそう聞いた瞬間、さっきまで笑っていた先輩の口元から、スッと笑みが消えた。
「せ、先輩?」
周囲を警戒するように視線を巡らせると、先輩はフォークを置き、私にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「……新人ちゃん。そのこと、絶対に部長に聞いちゃダメよ」
「えっ……」
「私も詳しくは知らないけど。ただ、提出された精気は全部、地下の管理区画に送られてるって聞いたことがある」
地下の管理区画。
その言葉に、私は自分の職場を思い浮かべた。
私たちが所属する淫魔の派遣会社は、都内の大きなオフィスビルの一角にある。
強力な結界で人間の目から隠されたそのフロアは、デスクやパソコンが並ぶ、ごく普通の会社みたいな場所だ。
だけど、その奥にあるエレベーターには、私のような下っ端には絶対に押せない、『地下』へ続くボタンがある。
それでも、エレベーターの前を通るたび、扉の向こうから冷たくてどす黒い気配が漏れている気がした。