第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
「……俺は他の宿を探すか、ここのロビーで休む。だから、お前は一人で部屋を使え」
「だ、だめだよそんなの! 伏黒くんだってびしょ濡れなのに。今から他の宿探すなんて。ロビーもダメだよ。絶対風邪ひいちゃう」
「俺は大丈夫だ」
「よくない! それに、そんなことしたら私、申し訳なくて絶対に休めない……!」
は必死な顔で俺を見た。
絶対に譲らないという、頑固な顔。
俺も引く気はなかった。
一部屋で一晩を過ごすなんて、今の俺にはきつすぎる。
あの自販機の前で自覚したばかりの、あの厄介な感情を抑え込める自信なんてどこにもない。
「いいから、俺の言う通りにしろ」
「やだ。伏黒くんがロビーで過ごすなら、私もロビーにいる」
「お前な――」
言いかけて、口をつぐんだ。
ふと周りを見ると、ロビーにいた他の客たちが、ちらちらとこちらを見ている。
まずい。
思ったより声が大きくなっていたらしい。
これ以上、ここで言い争ってる場合じゃない。
「すみません、部屋は――」
こいつ一人で、と言いかけた俺の言葉を遮るように。
「二人で泊まります」
が、先に言い切ってしまった。
「おい、……」
「チェックインお願いします! いいよね、伏黒くん?」
全然、良くないんだが……。
完全に押し切られた。
受付の女性は俺の方へちらりと視線を向けたが、宿帳をこちらへ向けた。
「かしこまりました。それでは、こちらにお名前とご連絡先を……」
はペンを受け取ると、すぐに宿帳へ名前を書き始める。
迷いなく動くペン先。
男女が同じ部屋に泊まる。
その意味を、こいつは本当に1ミリもわかっていない。
俺のことも。
俺が今、どんな気持ちでこいつを見ているかも。
(……何も、知らないくせに)
俺は深いため息を吐いて、の名前の下に自分の名前を書いた。