第4章 【五条悟】勿忘草の悪魔**
そもそも私は、自分の気持ちを落ち着かせるだけで精一杯なのに。
相手の理性を溶かすなんてできるのだろうか。
でも、「できませんでした」では済まされない。
目が覚めた時から、私はここにいた。
名前もなくて、記憶もなくて、ただ「お前は淫魔だ」と教えられた。
だから、淫魔にならなければいけない。
そうしないと、私はここで生きていけない。
「それにしても、初仕事でずいぶん大きな契約を引き当てたわね」
「大きい、ですか?」
「契約者の精気が強い。こんな大口案件、普通は新人に任せないんだけど」
「で、でも……部長直々の命令でして」
「部長が?」
先輩が訝しげに、私の手元を覗き込む。
そこには、黒い紙でできた契約書が浮かんでいる。
紙と言っても、触れると水面みたいに揺れる、不思議なものだ。
一番上には、契約者の名前が白い文字で浮かんでいた。
「ごじょう、さとる……さん」
口の中で、その名前を転がしてみる。
初めて聞く名前のはずなのに、なぜか引っかかる。
けれど、それがどうしてなのかはわからない。
「とにかく、相手は一筋縄じゃいかないはずよ。気を抜いたら、あなたの方が食べられるかもしれないわ」
「食べられる!?」
「ま、それでも男は男よ。精気が強いってことは欲も強いってこと。ちょっと胸でも見せれば、ちょろいわよ」
「む、胸見せるんですか!?」
「今更何言ってんの。精気をもらうにはそれ以上のことをするのよ」
「そ、そうですけど……」
私はもう一度、鏡を見た。
会社支給のやたら布面積が少ない黒い服。
胸元が大きく開いたビスチェは、少し身じろぎするだけでずり落ちそうだし、お腹はすっかり丸出し。