第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
ロータリーに黒い車が滑り込んできた。
伊地知さんの車だ。
「さー、みんな車乗って」
先生の声に、虎杖と釘崎が車の方へ動き出す。
けれど、はまだ缶を見つめたまま、ぼんやりしていた。
「。ぼーっとしてないで、帰るよ」
「……っ、はい」
先生はの背中に手を添えて、車の方へ促した。
ほんの少しだけ、自分の側に寄せるみたいに。
それは周りから見れば、教師が生徒を車へ促す動きに見えるだろう。
でも、俺にはなぜかそう見えなかった。
俺もその後に続いていると、先生がこちらを向いた。
をからかっていた時と同じように、笑っている。
それだけで十分だった。
背中にぞくっと冷たいものが走る。
その瞬間、気づかざるを得なかった。
(……わざとだ)
最初から全部、わかってやったんだ。
俺がにレモンティーを買ったことも。
俺がそれを飲もうとしていたことも。
の意識が、数分だけでも俺に向いていたことも。
全部気づいた上で、の缶に口をつけた。
俺の目の前で。
これ見よがしに、自分の跡を残すように。
『だめだよ、恵。手を出しちゃ』
そう言われた気がした。
好きだと言うわけでもない。
恋人にするわけでもない。
それなのに、他の男が近づくことだけは許さない。
の気持ちを知っていて。
それでも、曖昧な距離のまま手元に置こうとしている。
車に乗り込む前、が先生を見上げるのが見えた。
その表情だけで、誰を意識しているのかなんてすぐにわかる。
そんな顔で、あの人を見るな。
違う……本当に嫌なのは、あの人を見ていることだけじゃない。
五条先生には見せる顔を、俺には向けないことだった。
俺が買ったレモンティーで、が嬉しそうに笑った。
それだけで、十分だったはずなのに。
が先生を見上げる目を、自分の手で隠してしまいたくなる。
もっと。
ほんの少しでいいから。
あの人じゃなくて、俺を見ろよ。
俺はもう、ただの同情で片付けられないくらい――
から目を離せなくなっていた。