第1章 【五条悟・伏黒恵】クロユリは君を欲しがる**
でも、そんなの叶うわけなくて。
不意に女の人がつま先で背伸びをして、先生の頬の近くに顔を寄せた。
長い髪が、先生の肩先にふわりとかかる。
(........あっ)
触れたのか、触れていないのか。
ここからでは、よく見えなかった。
だからこそ、嫌な想像ばかり浮かんでしまう。
先生の頬に、あの人の唇が触れたのかもしれない。
先生は、それを受け入れたのかもしれない。
見なきゃいいのに。
早く、目を逸らせばいいのに。
どうしても、先生から目を離すことができなかった。
視界がじわっと歪む。
瞬きをしたら、涙がこぼれ落ちそうなくらい。
私も欲しい。
先生の隣に立つ場所が。
先生が振り向く理由が。
先生の青い瞳に映る、たったひとりの誰かになりたい。
叶うはずなんてない。
それでも、一度浮かんでしまった願いは消えてくれなかった。
先生。
先生、好きです。
先生、私を見て。
声にならない言葉が、私の中で濃く色づいていく。
ただ純粋に、私が先生を好きになってしまっただけ。
誰にも気づかれることのない、私だけの片想い。
その時の私は、そう思っていた。
けれど、花はもう静かに香りはじめていた。
黒百合が、強すぎる香りで虫を誘い込むように。
彼らの優しさも。
執着も。
嫉妬さえも。
すべてが私を絡めとるための、甘い毒になっていて。
いつか、その二つの花が。
私を二度と逃がしてくれなくなることを――
私はまだ、知らなかった。