第20章 王女のアリア
『見つけてごらんなさい』
『……一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……もういいかい』
『まだよ』
『……一、二、三、四……八、九、十……もういい?』
返事はない。
『……まったく、どこ行ったの』
庭を歩く。
風に揺れる木々の向こう。
花壇の陰。
白い東屋。
どこにも姿はない。
『!(……いた)』
茂みの奥から、白いドレスの裾が覗いていた。
『ちょっと、俺忙しいから』
そう言いながら腕を伸ばす。
指先が届く――そう思った瞬間。
ふっと景色がほどけた。
『……あれ?』
――白い。
果てのない白。
上下も左右も分からない静寂の中で、どこからか風が吹いた。
白く何もない意識の奥。
何もないはずの底へ、なぜか視線が引き寄せられる。意識はゆっくりと、その一点へ焦点を結んでいく。
白い世界に、音が見えた。
それは輪郭を持ち、黒い意志が打ちつけられ、やがて透明な声になる。
「ららーらー、らーらー……♪」
その声を知っている。
どこかで聞いた。
いや、違う。
自分の中に、ずっとあった。
ずっと探していた。
夢に潜ってまで、なお探し続けていたもの。
それは、――パチリ。
イルミは目を開いた。
部屋はまだ暗いままだ。
夢だった。
そう思った瞬間。
耳の奥に、まだ旋律が残っていた。
「……」
イルミは動かない。
これを聞いたことがある。
いや。聞いたのではない。
自分が知っている旋律だ。
捨てたつもりだった。
それなのに、旋律はずっと頭のどこかで鳴り続けていた。
「……」
指先がゆっくり震える。
記憶の底へ沈んでいた欠片が、一枚ずつ浮かび上がってくる。
散らばる譜面。
破り捨てた紙。
誰にも演奏されず、誰にも歌われず、誰にも届かなかった歌。
イルミの頭に、葬り去った記憶が蘇った。
「没になった曲……」
正確に言えば、没以前だ。
読まれてすらいない。
誰にも音を聞かれることもなく、この世を去ったはずの曲だ。
「………っ」
小さく息を吐く。
イルミは羽ペンを手に取り、一度だけ止まる。そして、ペン先をインクへ浸した。