第19章 束の間の休符
腰を抜かしへたり込む男に、飛び散る石片がパラパラと落ちてきた。首筋には冷たい感触が残る。
あと数センチずれていたら喉だった。
「……ぁ、ぁっ」
その背後。
最初の男が怒鳴りながら飛びかかる。
「この野郎!」
イルミは振り返らない。
男の足音が石畳を蹴った。
懐へ手を入れる。
次の瞬間には放たれていた。
ナイフが男の太腿へ突き刺さる。
「ぎゃああああ!!」
男は石畳へ転がり悲鳴を上げた。
夜の静寂が戻った。
三人とも動けず、イルミだけが立っている。
男達は息を呑んだ。
「あ……あんた……何者なんだ……」
「イルミ=ゾルディック」
服の埃を払いながら、退屈そうに答えた。
「譜面に書いてあるけど、見てないの?」
男達の顔色が変わる。
「ゾ、ゾルディック……あれは噂じゃなかったのか……」
「だ、代々……あの、秘密結社フレイメイソンの幹部で……裏社会を牛耳ってるって……」
「え……そんな、マジかよ……」
三人の声が震える。
イルミは興味なさそうに歩き出す。
「知らない」
近付くにつれ、男達が後退る。
「そんなことより」
低い声が落ちた。
「死にたくなかったら、まともに音を鳴らせ」
月明かりが手にしたナイフの刃を照らす。
「次は殺す」
誰も返事をしない。
いや、できなかった。
三人は我先にと逃げ出していく。
イルミはしばらくその方向を眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……こんなことする暇があるなら、練習すればいいのに」
視線を落とす。
石畳の上に転がっているナイフの黒い柄には銀細工が施されている。イルミはしゃがみ込み、それを拾い上げた。
刃先には細い赤が残っている。
白いハンカチを取り出し刃へ当てて静かに引くと、赤い筋が布へ移った。
磨かれた鋼がゆっくり本来の輝きを取り戻していく。
頭上には月があった。
雲の切れ間から差し込む青白い光が、刃と黒髪を淡く照らしている。
ナイフを懐へ戻す。血の付いたハンカチも折り畳み、同じように仕舞った。
何事もなかったように踵を返す。
夜風が静かに石畳を吹き抜けていった。