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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第19章 束の間の休符


リハーサルを重ねるごとに、音は少しずつ揃い始めていた。

イルミの指揮棒が弧を描く。
第一ヴァイオリンが旋律を歌い、それをヴィオラが受ける。
木管が柔らかく重なり、ホルンが支える——その時だった。

指揮棒がほんの一瞬だけ遅れ、第一ヴァイオリンが僅かに入りを迷う。
ヴィオラが合わせようと音価を伸ばす。チェロが遅れを取り戻そうと前へ出るが、木管が受け渡しを外す。
倒れたドミノが次の駒を弾くように、小さな乱れは次々とオーケストラ全体へ伝わっていく。


「……止めて」

イルミの声で、音が途切れた。


静まり返る舞台の前で、イルミは小さく息を吐く。

「もう一度――」

「あっ!」

突然、客席まで響くような声が劇場に響き皆が一斉に振り向く。


「私としたことが……どうしましょう!」

エレオノーラが両手を頬へ添え、大きく目を見開いていた。



「殿下、どうなさいました?」

団員の一人が慌てて尋ねる。

「隣国の使節から頂いたお菓子ですわ」

エレオノーラは困ったように眉を寄せる。

「皆様への差し入れにと思っていたのに、お部屋へ置いたままでした」

「あら、それは――」

「先生」

エレオノーラは真っ直ぐイルミを見る。

「たくさんありますの。一人では運べません」

それから、それから、柔らかく微笑む。

「ご一緒に取りに来てくださいません?」

「……」

明らかに不自然なタイミングに、イルミはじっとエレオノーラを見返す。

「……分かったよ」

短く答えると、指揮棒を譜面台へ置いて指揮台を降りる。

エレオノーラはその様子をほっとしたように見つめ、そのまま舞台袖へ歩き出した。

「殿下、私もお手伝いします」

ウイングは何食わぬ顔で後に続いた。



三人の姿が舞台袖へ消えると、残された団員たちは顔を見合わせた。

「お菓子を……今……?」

「なんで……」

「さあ……」

誰にも理由は分からなかったが、誰も止めようとはしなかった。
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