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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第19章 束の間の休符


イルミは返事をせず、手元の書類へ目を落とした。

楽団員の経歴が一人ずつ記された書類を、イルミはリハーサル前に一通り目にしていた。
午前は役所に勤め、午後は商会で帳簿をつけ、夜だけ劇場へ通う者。
戦死した兄の遺族を養うため、昼は荷を運び、夜になると楽器を手にする者。
王立劇場専属の奏者や音楽院教師でさえ、公務の雑務を抱えているという。

それぞれが、音楽だけで生きているわけではなかった。

「……」

イルミは書類を閉じる。


「練習しろって言っても、できないんでしょ」


団員たちは何も答えない。
否定はできなかった。

「だから改訂する」

その瞬間、一人の団員が立ち上がり一歩前へ出た。

「やります」

イルミが視線を向ける。

「仮に全部は間に合わなくても……」

団員は譜面を拳で叩いた。

「でも、本番まで一音でも近づけます」

「だから、このまま弾かせてください」

その声に続くように、あちこちから声が重なる。

「私もです」

「ここだけは、このままで」

「お願いします。弾かせてください!」


(……そう)

イルミは黙って全員を見渡した。


(なら。まあ……いいか)



技術だけなら、改訂した方が確実だ。
だが、演奏はそれだけではない。
ときに正確さよりも、奏者の意思が――弾きたいと念じる力が――音に宿ることがある。その念は、客席の空気さえ奇妙なほど呑み込んでいく。
それを、ふとイルミは思い出した。


小さく息を吐き、指揮棒を持ち直す。

「じゃあ、本番までには仕上げといて」

団員たちの表情が一斉に明るくなる。

「そこは飛ばす。次」

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