第1章 パニエに隠したデビルズ・テイル
「黒尾さん、なんか今日めっちゃ機嫌いいですね」
「そう?いつもとあんま変わんねえと思うけど」
「まぁ目が死んでる所は変わりませんけど」
「やだなお嬢さん、こんな純真無垢な瞳持ってるやつ、早々いねえよ?」
「多忙でしたもんね、とうとうイカれちゃったんですね、可哀想に」
本気で憐れみを向けた望月が、近くを通りかかった店員に追加の生を2つ注文する。1年あとで入社した彼女も在籍数年目となると、初々しさの欠片などとっくの昔に捨て去ったのか、随分と物怖じしなくなったなと思う。
幾日もの休日返上を捌きまくってやっと抱えていた仕事が落ち着いたんだ、そりゃ疲労も滲むってもんだろ。こうやって華金にビール飲める幸せすらここ数週間お預けをくらっていたせいか、彼女にはそんな俺が酷くご機嫌に見えるらしい。
そう言う望月も然り、年度末の多忙さにまんまと巻き込まれた結果、社内の廊下でたまたま出会した時の風貌はまるでゾンビ状態だった。お互いのそのズタボロ加減に思わず2人して吹き出したのが、今から数時間前。
今日暇かと問えばそれに答えるより早く、飲みにいきましょう!必死の形相で凄む彼女も色々限界だったんだろう。2杯目のジョッキに口をつけた彼女の飲みっぷりの良さがその証拠だ。
「お前んとこも落ち着く頃だろ」
「そうですね、やっと、ですけどね」
「うちもうちも。やっと、明日死ぬほど寝れる」
「私はいつも通り起きてとりあえず部屋どうにかしないと。そろそろ足の踏み場がなくなりそうです」
「繁忙期入っちまうとプライベートもへったくれもないもんな」
おかげで友達とも会う時間すらなくて泣きそうですよ。
泣くどころか全くもって普段通りの表情で淡々と話す望月は、入社と言う形で再会した頃、いや正確には図体のでかいガキんちょミミズク頭が主将を張っていた、あのバレー部のマネ時代から良い意味で何も変わってなかった。
毒を吐きつつも任された仕事は黙々とこなし、他人のことなど興味のないフリをしてるくせ、僅かな機微でさえ敏感に感じ取ればそれとなくさらっとフォローまでしてしまう。
どこかの寡黙でちょっと天然な副主将とそっくりだなと、その当時なんとなく観察していたら、幼馴染だってんだから色々と納得した。