第3章 致死量ラブアンドピース
「黒尾さんの邪魔になってない?」
「なるわけねえでしょ」
「そっか、……なら、いらないかな」
「………」
漸く絡んだ視線と、はにかんだ笑顔と、ガチガチだった口調はここひと月でやっと崩れ出した。
「黒尾さん?」
「あー、いや、なんだその、えー」
「どうしたんですか?」
それら全てにそこそこの破壊力があることを彼女は知っているんだろうか。
言葉にならない言葉は邪な思考を払拭する最も有効な手段で、ついでに視覚情報も遮断しねえと色々まずい。彷徨わせた視線は宙を舞った挙句、据える場所の無さに絶望した。結果、また彼女を見つめてしまう。
狼狽える俺に不審よりも心配の色を濃く宿した瞳に凝視されれば、彼女の放つ空気をもっと間近で感じたいと思った。
「あのさ」
「はい」
「あと1メートル近づくのはスキンシップにならないよね?」
「はい?」
「それとこれは過度なスキンシップに入ります?」
「うわあっ!?ちょ、黒尾さん!?」
俺がリビングにいる時は毎回そうだ。毎回ソファの1番端。いつでも真ん中を空けて、ゆったり座れるようにと。でも今はその距離が、無性に歯痒くて落ち着かなかった。
だから細い手首を攫い、宙に浮いた彼女の体はなんなく俺のすぐ隣へ雪崩れ込む。隙間で言えば僅か数センチの所で、一瞬何が起こったのか分からないみたいな表情。
「………いきなりは心臓に悪いので、次からはちゃんと言葉で言ってください」
「俺はここ最近ずっと心臓に悪かったんですけどね」
「ん?なにが?」
「教えてやんない」
寝起きの無防備な姿も、キッチンで奮闘する背中も、何気ない会話の中での嬉しそうな笑顔も。
全部心臓に悪かったのは俺のほうだよお嬢さん。
びびるほど後悔なんてなかったはずが
彼女を知れば知るほど後悔が押し寄せて来そうになる。
契約書の下2つの項目を思い浮かべて、相応に対峙できるとしたら、総動員した理性だけだ。
だが、自分のそれに全幅で信頼を寄せるには、あまりにリスキーな賭けだと思った。