第1章 ひとりぼっちの居場所
その時だった。
石段を上る、規則正しい足音。
ヒスイの耳がぴくりと動く。
知らない気配。でも、怖くない。むしろ――
(……あったかい)
不思議な感覚だった。
雨の冷たさとは違う、静かな熱。
やがて現れたのは、一人の男だった。
黒い衣に身を包み無駄な動きは一切ない。
鋭い眼差し――けれど、どこか深く静かなものを抱えている。
ヒスイは、目を奪われた。
(……なんだろう)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
知らないはずなのに知っている気がする。
近づきたい。触れてほしい。名前を呼んでほしい。
――そんなもの、知らないはずなのに。
「……猫か」
男は、短くそう言った。
それだけの言葉なのに。
ヒスイの世界は、音を立てて変わった。
男は、少しだけ近づいてくる。
逃げるべきだった。
野良として生きるならそれが正しい。
けれどヒスイは――動かなかった。
いや、動けなかった。
ただ、その人を見ていた。