第6章 エデンを覗き見る
あたしの背後で、首すじのあたりから顔だけ出して割り込むこの人の表情はずっと緩みっぱなし。ヘラヘラ笑ってからかってるんだろうけど、良いところを持ってかれた加古さんは本気で嫌そうな顔してるって、気づいてないのかな。
いや、気づいてても動じてないだけか。
この人はそういう人だった。
神聖な女子トークを邪魔しないでとか、いいだろ俺も混ぜろよとか、どっちも譲らない攻防を尻目に、3杯目のウーロン茶を飲み干した。
「あれ?なんか鳴ってない?」
「ん?」
「お前のじゃねーの?」
「え、あたし?」
風間さんと諏訪さんが何やら真剣な顔つきで話し込んで、太刀川さんと加古さんはまだまだ終わらないやり取り。他の客の声も混じった騒がしい店内で、決して小さくはない端末の音を拾ってくれたのは加古さん。鞄の中のそれを取り出して確認すれば、どうしたってこの場で取っちゃいけない相手。無表情で受け答えができる自信のない相手だった。
「すみません、ちょっと出てきます」
「あら?あらら?花衣ちゃんもしかして」
「なんだよアイツ、俺がいるのに浮気かよ」
「太刀川くんが弟子を溺愛してるのはもう十分わかったから」
2人のそんな会話を背中で受けて、切れちゃう前にと慌てて店の外へ出た。
「もしもし?」
「花衣?今大丈夫か?」
「うん、どしたの?」
「いや、別にどうもしねぇんだけどさ」
「うん」
「昨日のあれ、死ぬほどウマかった」
「シフォンケーキ?」
「そーそー。それだけ言いたくて」
店先の暖簾の下、人の出入りの邪魔にならない場所で、端末の向こうから聞こえた蓮の声。急用なのかと思ったら、なんて事ない。美味しかった。それだけ伝えたかったと。
わざわざあたしに?
そんな短い言葉、メッセージでも良かったのに。
喜んでもらえたらいいなと思って勝手にしたことに、逆に喜ばされてしまう。胸の奥があったかくなるこの感覚はきっと、嬉しくて堪らないからだ。
「飲み会だろ?邪魔して悪ィ。じゃあな」
「蓮」
「ん?」
「もう、その、……仕事は終わったの?」
咄嗟に繋げた、ありふれた会話はこのまま切りたくないと思ったから。もう少しだけ彼の声を聞いていたい。そんな気持ちがダダ漏れだったのか、蓮がふっと笑ったような気がした。