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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第4章 仙籍


人々がひしめき合う、一際賑やかな大通りへと足を踏み入れたその時だった。



「ほら、今が旬の焼き魚だよ! 安くしとくよ!」


「こっちの店、もう売り切れだってさ。あっちの出店に行ってみようぜ」



飛び込んできた威勢のいい売り子の声や、行き交う人々の他愛のない会話。
それが、驚くほどはっきりと頭の中で「意味」を結び、理解できたのだ。




「え……?」




はその場に呆然と立ち尽くした。
前に下界にいた時には全くわからなかった言葉。
だが、今はすれ違う見知らぬ人たちの言葉が、まるで生まれ育った故郷の言葉と同じように自然と耳に染み込んでくる。




(どうして……? 急に、みんなの話していることが分かるように……?)




唖然として目を丸くしているを見て、隣を歩く尚隆がいかにも可笑しそうに喉を鳴らして笑った。




「ははっ、だから心配無用だって言ったろ?」


「風漢さん……! これ、一体どういうことですか!? なぜ急に、仙籍に入っていない下界の人たちの言葉が、こんなにちゃんと言葉として聞こえるんですか!?」



混乱して、男装の頭巾がズレそうになるのも構わずに詰め寄る。
そんな彼女の肩を、尚隆はぽんと軽く叩いた。



「どういうことも何も、お前さん自身がもう『仙籍』に入っているからに決まってるだろ。この世界の仕組みさ。籍に入っちまえば、言葉の心配なんて最初からいらねえんだ。どんな奴の言葉も分かるし、お前さんが喋る言葉も、相手にはちゃーんと伝わるようになってる」



「ええっ……!? 私が、仙籍に……?」



あまりの衝撃に、は自分の両手をじっと見つめた。
仙籍に入るということはつまり、人間を超えた存在――老いることも、病に倒れることもない、あの玄英宮の官吏たちと同じ側になったということだ。




「で、でも、どうして……。私はただの海客で、何か特別なことをしたわけでもないのに……」



信じられない、といった様子で尚隆を見上げる。
すると尚隆は悪戯が成功した子供のような不敵な笑みを深く刻み、彼女の頭を無造作に、けれど愛おしそうにクシャクシャと撫でた。







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