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蝕に攫われた春 【十二国記 延王】

第3章 玄英宮に響く歌声


静寂に包まれた式典の場に少女の唇から、ひと筋の光のような歌声が放たれたーー。


それは玄英宮の誰もがこれまでに耳にしたことのない、どこまでも透き通った音色だった。



楽器の伴奏さえも彼女の声を際立たせるための背景へと退き、ただの歌声だけが、荘厳な大殿の隅々まで染み渡るように響き渡る。
彼女はただ祈っていた。
暗闇の底にいた自分を掬い上げ、温かな居場所をくれたこの雁州国という国のために。
何より、自分を信じてくれた大切な王と麒麟のために。
胸の奥にある溢れんばかりの感謝と、彼らの行く末がどうか光に満ちたものでありますようにという願いのすべてを、そのひと声ひと声に込めて紡いでいく。
その純粋でかつ圧倒的な生命力を宿した歌声に、その場にいた一同は誰もが完全に息を呑んだ。



朱衡たち王の側近や日々彼女の歌に癒やされてきた女官たちは、その「楽士」としての集大成のような姿に、誇らしさと感動で胸を熱くしていた。
だが、今日初めて彼女の姿を目にしその声を聴いた者たちの衝撃は、それどころではなかった。



「……なんという、歌声だ……」



並み居る官吏や将軍たちは魂を鷲掴みにされたかのように微動だにできず、ただ舞台の上の美しい少女を見つめていた。
まるで凍てついた大地を春の陽光が溶かしていくかのように、彼女の歌声が身体の芯まで染み込んでいく。
あまりの心地よさと胸を締め付けられるような美しさに、誰もが思考を奪われ文字通り「骨抜き」にされていた。
広大な雁の国を支える屈強な男たちが、一人の少女の歌声の前にただひれ伏すように酔いしれている。



その中心できらびやかな礼服を纏ったは、まるで光の粒子を振りまくように歌い続けていた。
彼女が声を震わせるたび張り詰めていた式典の空気はどこまでも優しく、温かなものへと塗り替えられていく。



ただ一人の少女の歌声が五百年という時を生きてきた雁州国の、新たな伝説として玄英宮の歴史に深く刻み込まれた瞬間だったーー。



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