第1章 嘘
床を見つめたまま頭を下げていると、時透様は小さくため息をついた。
「君のせいだよ」
思わず顔を上げる。
「え……?」
視線が絡む。真っ直ぐ、射抜くように見つめる瞳から目が離せなかった。
「任務中、ちょっと考え事してて」
包帯の巻かれた腕を軽く持ち上げる。
「そしたら斬られた」
まるで大したことじゃないみたいに。
「……考え事?」
「そう。ねぇ、そんなところにいないでこっちに来てよ」
私は吸い込まれるように時透様の横へ立った。
「痛みますよね」
消毒の匂いと薬の匂い。胸が締めつけられる。
「こんな怪我はどうでもいい。すぐ治るから。それより……君、僕のこと避けてるでしょ」
「えっ……?」
思わず目を見開いた。避けていることを悟られないようにしてきたつもりだったのに。
「やっぱり。その反応は図星だね」
「えっと……」
言葉が見つからない。
すると、布団の上から手が伸びてきた。指先が、私の袖を軽く掴んだ。逃げられないくらいの、弱い力で。
「まぁいいや、それより」
霞の瞳が、じっとこちらを見る。抑揚のない静かな声。感情の読めない声と瞳。まだ少年と呼ばれる年なのに、落ち着きすぎるほどの佇まい。
彼から無邪気さを奪った運命が憎いと思った。
けれど。
「君の名前、知らない。名前くらい教えてよ」
名前を知りたいと言った時透様の声にはほんの少し感情が宿っていた。
避けていたはずなのに。
その声を聞いてしまった私は、袖を掴む手を振りほどくことが、どうしてもできなかった。
しばらく沈黙が続いた。
そして静まり返った部屋の中で、私は小さく息を吸った。
「……カヲルです」
声が思っていたよりも小さく出た。けれど、確かに彼の耳には届いたらしい。
時透様は一度だけ瞬きをした。
「カヲル」
確かめるように、ゆっくりとその名を口にする。ただそれだけなのに、胸の奥が大きく揺れた。