第1章 嘘
その後も何度か時透様は蝶屋敷へ来ることがあった。
その度に私は理由をつけて逃げるように蝶屋敷から離れた。
でも、ある知らせを聞いたとき、胸の奥が冷たくなった。
「時透様が任務で怪我をされたらしい」
蝶屋敷の廊下で、誰かがそう話しているのが聞こえた。怪我は柱では珍しい。柱は怪我を負う間もなく斬ってしまうから。
それとも上弦に出くわしたのだろうか。そうなれば深手を負っているはず。
胸の奥が、ざわりと騒いだ。
けれど、行っちゃダメ。そう言い聞かせる。私は、距離を置くと決めたのだから。
それなのに。
気づいたときには、足が動いていた。
廊下を早足で進む。診察室の前を通り過ぎ、奥の部屋へ。
扉の前で、ようやく立ち止まった。
来てはいけない。そう思う手が震える。
ほんの少しだけ戸を開けた。部屋の中は静かだった。
布団の上に、長い髪が広がっている。
扉とは反対の方を向く時透様の表情は窺い知れない。けれど露わになった腕や肩には包帯が巻かれていた。
思ったよりも怪我は深そうだった。無意識に、一歩近づく。
そのとき。
「……君」
突然声がした。びくりと体が止まる。時透様は向こうを見たまま、ぽつりと言った。
「やっぱり来た」
ゆっくりと視線がこちらへ向く。長い髪がゆっくりと頬から落ちる。そして霞の瞳が、まっすぐ私を見る。
「……すみません」
思わず頭を下げた。
「お怪我をされたと聞いて……」
言葉が途切れる。何を言えばいいのか分からない。避けていたくせに。顔を出す資格なんてないのに。