第1章 嘘
彼の手は、ずっと私の袖を掴んだままだった。その指が、ふと動く。
袖を掴んでいた手が、そっと滑るように下りてくる。
そして。私の手首を、静かに掴み直した。
「……っ」
あの時とは比べ物にならないくらい厚い手のひら、そして筋張った指。剣士の手に思わず息を呑む。次の瞬間、軽く引かれた。
強い力ではない。それでも、不意を突かれた体は簡単に前へ傾いた。
「きゃ……」
視界が揺れて、気づいたときには、私は布団の上に倒れ込んでいた。
両手をついた先にあるのは、包帯の巻かれた肩。長い髪が、すぐ目の前に落ちている。
近い……近すぎる。
逃げようとしても、手首を掴まれて動けない。
時透様は驚いた様子もなく、ただこちらを見上げていた。
透き通る瞳がまっすぐ私を映している。
「……どうして」
静かな声だった。けれど逃げ場をなくすような響き。
「僕を避けるの?」
心臓が大きく鳴る。視線を逸らしたくても逸らせない。あまりにも近くて、呼吸さえ重なりそうだった。
「避けてなんて……」
言いかけて、言葉が止まる。誤魔化しても、きっと見抜かれる。
そんな気がした。
彼の指が、ほんの少しだけ力を込める。逃がさないみたいに。
「僕」
小さく言った。
「カヲルのこと、考えてた」
胸が跳ねる。
「任務中も」
まるで困っているみたいな顔で続けた。
「どうして避けるんだろうって」
瞳が、わずかに揺れる。
「理由を知りたい」
静かな声なのに、胸の奥まで届く。痛みとして。
「教えてよ」
私の手首を掴んだまま、まるで縋るように。
「カヲル」