第3章 風
どれくらい歩いたのか、わからなかった。気づけば、手首を引かれるようにして歩いていた。強く掴まれているわけでもないのに、逃げるという選択肢はどこにもなかった。
前を歩く背中。血に濡れた隊服。振り返らない足取り。窺うことのできない表情。
その背中を、私は何度も追いかけてきたはずなのに。今は、ただ遠かった。
やがて、屋敷の前で足が止まる。
見慣れない場所ではない。何度か来たことがある。最後に来たのは……兄弟子が柱を拝命することになった時だ。育手にお前も来いと連れられて来た時が最後だ。私にも柱を目指せと、そんな期待を込められていたのだと思う。
初めてではない場所なのに、それでも足がすくんだ。
「……入るぞ」
短く告げて、戸が開く。
戸の向こうに広がる庭は静かで穏やかな時間が流れていた。
けれど空気が、違う。柔らかいのに、どこか張り詰めている。それは私の気持ちのせいか。
視線を上げると、そこには鬼殺隊を率いる方。お館様が静かに立っておられた。
まるで神木のような空気を纏うお館様は、兄弟子の殺伐とした雰囲気さえも飲み込んでしまう。
「実弥、カヲル、よく来たね」
穏やかな声。その声を聞いた瞬間、涙が溢れそうになった。
言わなければ、謝らなければ。そう思ったのに。
「既に聞き及んでおられることと存じますが、ご報告に馳せ参じました」
先に声を出したのは、兄弟子だった。先ほどまでの荒さは影を潜め、言葉の一つひとつが丁寧に選ばれている。
そんな兄弟子の言葉に、お館様はゆっくり頷いた。
「うん。カヲルのことだね。報告は受けているけれど、カヲルの言葉で聞かせて欲しい」
名を呼ばれて、息が詰まる。喉がひりついて、言わなければいけないのに、声が出ない。
頭の中では何度も繰り返していた言葉が、形にならない。
「……私は……」
やっと絞り出した声は、かすれていた。うまく呼吸ができない。
視界の端に、血がよぎる。倒れていく仲間の姿が、離れない。
「……私が」
ガタガタと全身が震えて呼吸が乱れ、言葉も纏まらない。何を言いたいのか、何をすれば赦されるのか、わからなくなっていた。