第2章 声
「逃がさないよ」
僕はカヲルを見下ろした。答えは返ってこない。
代わりに視線が揺れる。僕は少しだけ考えて、それから手を伸ばした。頬に触れる。
「……っ」
びくりと肩が震えた。でも、そのまま。親指でそっとなぞる。逃げないように、じゃない。確かめるみたいに。
「そんな顔するくらいなら、避けなければいいのに」
自分でも、なんでこんなことを言っているのかよく分からない。
ただ、カヲルがこんな顔をする理由が自分にあるのなら、知りたいと思った。
「僕、何かした?」
カヲルは大きく目を見開いて僕を見たまま、じっとしていた。僕の髪が、カヲルの頬を掠めた。
「傷に障ります」
「答えになってないし、傷はどうでもいい。それより避ける理由が他にもありそうなんだよね。ねぇカヲル、答えて」
カヲルはすぐに返事をしなかった。何か考えているのか、じっと僕を見つめたあと、視線を外した。
「いえ……時透様は、何も……」
「ちゃんと僕を見て言って。目を逸らさないで」
カヲルは伏せた目を上げて僕を見た。
「時透様は、何もしていません」
「そう。なら僕を嫌いなわけじゃないんだね」
「……はい」
小さく頷く声。僕はそれを見て、少しだけ考えた。
「そっか」
納得したんだと思う。嫌いじゃないならそれでいい。
「それならいいや」
カヲルの目が、わずかに揺れた。
「僕、任務に戻るから」
「……え?」
間の抜けた声が返ってきた時、僕はもう体を起こしていた。
「安静にって言われてるんじゃ……」
「言われてるね」
本当にそう思った。それにこんな傷、なんて事ない。いつもだったらそのまま任務へ行くほどだ。
ただ、カヲルがいるような気がしたから来ただけ。
「時透様、あの!」
引き止める声に僕は振り返る。
「なに」
「……無茶は、しないでください」
少し迷ってから出た言葉だった。僕は一瞬だけ目を瞬いた。
「なんでそんなこと言うの」
カヲルは今度は言葉に迷うことなく言った。
「生きて帰ってきてほしいからです」
それだけで、十分だった。
「うん、分かった。じゃあね」