第2章 声
吐息がかかるほどの距離。
僕はカヲルの髪に手を差し込んだ。そのまま引き寄せて耳元でもう一回問う。
「どうして避けるの?」
カヲルの肩が、びくりと震えた。しばらく答えは返ってこない。代わりに、浅い呼吸だけが耳に触れる。
「……避けてなんて」
かすれた声だった。
「そんなつもりじゃ……」
言葉が途中で止まる。僕は黙って待った。逃げられない距離で。
「……私は」
カヲルの指が、布団の上でぎゅっと握られる。
「剣士だったんです。でも……もう違います」
声が少し震えている。僕は何も言わない。ただ、聞いている。
「私は、もう剣を握れない。握る資格がない……」
そこまで言って、言葉が途切れた。沈黙が満ちる。それでも僕は手を離さなかった。
「……だから」
やっと続いた声は、ひどく小さかった。
「柱であるあなたの前に立つ資格なんて、ないんです」
「資格なんているの? 鬼殺隊は、剣士だけいても成り立たないでしょ。隠がいて蝶屋敷の人たちがいる。だから成り立ってる。カヲルもその一人じゃないの?」
「それは……」
「だから、そんなの僕を避ける理由にはならないよ」
別に慰めようなんて思ってない。本当にそう思っただけ。それにきっとこれは僕を避けている本当の理由じゃない。
「どうして時透様は、そんなに私を気にかけてくれるのですか?」
細い声でやっと絞り出すように訊いてきた。けどまだ身体は強張ったまま。逃げる機会を窺っているかのようだった。
「なんでだろうね。ただ……君に避けられるの、なんか嫌なんだよね」
それだけは、はっきりしていた。
「あの……もう避けたりしません。だから離して…ください」
カヲルの手首が、わずかに動く。逃げようとしたのが分かった。
「認めたね」
僕はそのまま腕を引いた。
「ひゃっ!」
同時に体を起こして、くるりと体勢を入れ替える。気づいたときには、カヲルは布団の上に倒れていた。
僕はカヲルを見下ろしていた。
髪が散らばる布団に手を手をついた。逃げ道を塞ぐみたいに。カヲルの目が大きく開く。
「時透様…!?」