第2章 声
カヲルの袖を、僕はまだ掴んでいた。別に理由があったわけじゃない。ただ、離すとまたどこかへ行ってしまう気がした。
それだけだ。指先が、少し動く。布越しに伝わる体温が、妙に落ち着かない。
この距離でも、まだ遠い……気がした。
だから──
僕の手は、自然と動いていた。
袖を掴んでいた指が、ゆっくりと下へ滑る。
細い腕。
そして……手首。
僕はそこを、静かに掴み直した。
「……っ」
カヲルが息を呑む。強い力じゃない。それでも、体は前へ傾いた。
「きゃ……」
視界の中で、髪が揺れる。次の瞬間。
カヲルは布団の上に倒れ込んできた。僕のすぐ上に。思ったよりずっと近い。
包帯の巻かれた肩の横に、カヲルの手がつく。髪が落ちてきて、頬に触れそうだった。
それでも、僕は手首を離さなかった。逃げられるのが、嫌だったのかもしれない。
カヲルは動けずにいる。顔がすぐ目の前にある。
驚いた顔、少し困った顔、その全部がはっきり見える距離。僕はカヲルを見上げた。
「……どうして」
君は……
「僕を避けるの?」
カヲルの心臓の音が、近くで大きく響いている。吐息もかかる。
視線を逸らそうとしているのが分かる。でも、逸らさせたくなかった。僕の見ていて欲しくて、指にほんの少しだけ力を込める。逃げないように。
「僕」
言葉を選んでいるわけじゃない。ただ、思ったことをそのまま口にする。
「カヲルのこと、考えてた」
カヲルの目が揺れる。
「任務中も」
自分でも少し変だと思う。鬼と戦っている最中なのに、考えていたのは鬼じゃない。
庭で見た君。名前も知らない君。
「どうして避けるんだろうって」
理由が知りたい。僕はカヲルを見上げた。
「教えてよ」
手首を掴んだまま。離さないまま。
「カヲル」