第2章 声
ばさり、と洗濯物が大きくはためく。白い布が視界を覆い、一瞬彼女の姿が隠れた。
「あっ……」
小さく息を呑む声。物干し竿が、ぐらりと傾いた。
倒れる。そう思った瞬間、体が動いていた。砂利を踏む音がして、気づけば庭に降りていた。
手を伸ばして竿を掴み、体勢を崩しそうになったその人の腰を支えた。
「危ないよ」
「ありがとう……ございます」
さっきよりも近くで聞くその声は、やっぱり聞き覚えがあるのような気がした。
目と鼻の先にある瞳は、僕をしっかり見つめていた。
「ねぇ、やっぱり君を知ってる気がするんだけど」
再び問う。
僕から逃げられないように、その腰を少し引き寄せた。
「い、いいえ。それは気のせいです」
少し目を伏せてそう答えた君の心臓の鼓動が、指先に響いていた。
──
胡蝶さんの診察を受けているときも、上の空だった。
「あら、時透君。珍しく考え事ですか?」
「え? あぁ。うん」
胡蝶さんは何か書き物をしながら僕に一瞬目を向けると、再び机に視線を落とした。
「あのさ……あの庭にいる人って、だれ?」
僕の問いに胡蝶さんは、窓に目を向けてから微笑んだ。
「彼女は、元剣士で、元隠だった子です」
「だった? 剣士? 隠? どう言うこと?」
「えぇ。彼女は剣士のとき、剣士として致命傷を負いました。心に」
「心?」
「はい。鬼血術をくらい……仲間を斬ってしまったのです」
洗濯物を干す横顔が浮かんだ。
風に揺れる白い布の向こうで、少し困ったように笑っていた。あの人が、剣士だった?
「それで、剣を置いたんですか」
自分でも、どうしてそんなことを聞いたのか分からない。胡蝶さんは筆を置き、静かにこちらを見た。
「そうですね。剣を握れなくなったと言った方が正しいかもしれません」
窓の外から風の音がする。
「隠として働こうとしましたが……それも長くは続きませんでした」
「どうして?」
「戦場に出ると……思い出してしまって、自分を赦せなくなる。そうなると彼女は、知らずのうちに自分を痛めつけるようになっていたんです」
胡蝶さんは俯いて、拳を握った。
そして少しだけ声を和らげて言った。