第8章 孤高の剣士
しかし、その時でした。
仁先生が、静かに、けれど毅然とした声で土方さんの言葉を遮ったのは。
「土方殿。……それは違います」
「何だと?」
「私も同じように未練を持たせるだけだと思っていました。しかし、桜子さんも、沖田さんも……二人は、望まない死が嫌なだけですよ。……武士として散るのが本望だというなら、彼は池田屋で死んでいたはずだ。けれど、彼は生きることを選んだ。……それは、誰かに強制された生ではなく、彼自身の魂が『まだ生きたい』と叫んだからです」
仁先生は、真っ直ぐに土方さんの目を見つめました。
「……医者の役目は、死に場所を決めることではありません。その人が生きたいと願う時間を、一秒でも長く繋ぐことです。……土方殿、貴方も本当は分かっているはずだ。彼が剣を振るう理由が、ただの殺戮ではなく、貴方たちの帰る場所を守るためだったことを」
土方さんは、苦虫を噛み潰したような顔をして沈黙しました。
やがて、彼はふいと顔を背け、立ち上がりました。
「……勝手にしろ。だが、総司が再び剣を握る時、それが鈍っていたら……その時は、俺が引導を渡す」
土方さんは、それだけ言い残して闇の中へ消えていきました。
去り際、彼が沖田さんの寝ている部屋の障子を、ほんの少しだけ、名残惜しそうに見つめていたのを、私は見逃しませんでした。
「……先生、ありがとうございました」
「いいえ。…… 桜子さん、土方さんも彼なりに沖田君を愛しているんですよ。……ただ、その愛し方が、少し不器用なだけです」
夜の風が、庭の百日紅を揺らしました。
土方さんの言葉は重く心に残りましたが、仁先生の「望まない死」という言葉が、私の迷いを払拭してくれました。
私たちは、歴史という名の脚本を書き換えているのかもしれません。
けれど、今この瞬間に流れる「生」の鼓動だけは、何よりも尊い真実だと、私は信じたかったのです。