第8章 孤高の剣士
第45話:奇跡の兆し、不意な告白
仁先生が打ったペニシリンは、驚くほどの効果を見せました。
数日後、沖田さんの高熱は嘘のように下がり、さらに数週間後には、激しい咳も少しずつ落ち着いてきたのです。千駄ヶ谷の植木屋の庭には、夏の盛りを過ぎた百日紅(さるすべり)が、鮮やかな紅色の花を咲かせていました。
「…… 桜子さん。見てください、あそこ。蝉の抜け殻がありますよ」
縁側に腰を下ろしていた沖田さんが、庭の木を指差して笑いました。
顔色はまだ白いものの、その瞳にはかつての悪戯っぽい輝きが戻っています。
「沖田さん、あんまり動いちゃダメですよ。先生から『散歩は五分だけ』って言われてるんですから」
「わかっていますよ。でも、ずっと布団の中にいると、自分が幽霊にでもなってしまった気分になるんです。こうして土を踏めると、まだ生きているんだって実感できます」
彼は私の肩を借りるようにして、ゆっくりと庭を歩きました。
一歩、また一歩。
歴史の教科書では、彼はもう二度と自分の足で歩くことはなかったはずです。
けれど今、私の隣で、彼は確かに地面を踏みしめています。
庭の奥、大きな百日紅の木陰に入ったときでした。
沖田さんがふと足を止め、私の手をそっと握りました。
「…… 桜子さん」
「?何でしょうか」
「……もし、僕がもう少し元気だったら。……いや、もっと早く、あなたと出会っていたら」
沖田さんは空を見上げました。透き通るような青空の下、彼の横顔はどこか遠くを見つめているようでした。
「……恋仲になりたかった」