第8章 孤高の剣士
第44話:命の選択
京での激闘から数日。
江戸に護送されてきた沖田さんは、新選組の屯所ではなく、人目を避けるようにして千駄ヶ谷の植木屋の隠居所に横たわっていました。
「……沖田さん」
仁先生と共に部屋に入った私は、その姿を見て息を呑みました。
浅葱色の羽織は脱ぎ捨てられ、白い寝間着に身を包んだ彼は、驚くほど細くなっていました。枕元には、血を拭ったであろう布が幾枚も重なっています。
「ああ…… 桜子さん。また、ひどい顔をしてますね。せっかくの美人が台無しですよ」
沖田さんは、私たちが来たことに気づくと、力なく、けれど確かにいつものように微笑みました。そこには、池田屋で志士たちを震え上がらせた「死神」の面影はどこにもありませんでした。
「沖田殿。……診させていただきます」
仁先生が静かに聴診器を当てます。部屋に流れる沈黙が、あまりに重くて苦しい。先生の眉間に刻まれた皺が、容体の深刻さを物語っていました。
「……先生。僕は、まだ死ねないんです。桜子さんと約束しちゃいましたからね。……借りた器を返して、美味しい粥を食べたら、今度は僕が江戸を案内するって」
沖田さんは、激しく咳き込みながらも、私の目を見て言いました。
その瞳は、未来を知る私たちが恐れている「死」を見つめているのではなく、私と交わした「明日」という約束だけを見つめていたのです。