第1章 幕末への導標
第四話:その瞳に映るもの
「…… 桜子さん、入ってもよろしいですか?」
襖の向こうから、仁先生の控えめな声がした。
「はい……どうぞ」
部屋に入ってきた仁先生は、私の姿を見て一瞬、息を呑んだように立ち止まった。
咲さんに着付けてもらった浅葱色の小袖に、慣れない手つきでまとめられた髪。鏡に映る自分は、まるで別人のようだったけれど、先生の目にはどう映っているのだろう。
「……よく似合っています。江戸の娘さんと見紛うほどだ」
「ありがとうございます。でも……すごく苦しいです、これ」
私が帯を指して苦笑いすると、先生も少しだけ表情を和らげた。
咲さんが席を外してくれた部屋で、私たちは向かい合って座った。
仁先生は居住まいを正し、静かに語り始めた。自分がこの時代に来た経緯、江戸で出会った人々、そして「修正力」という目に見えない力と戦いながら、医学を広めようとしていること。
「信じられないかもしれないが……私は、君が来た時代よりも前の時代から、ここへ来た。私にとって君は、まだ見ぬ未来の存在なんだ」
先生の言葉を噛みしめながら、私は鞄から一冊の古い手帳と、例の医療ポーチを取り出した。
「おじいちゃん……いえ、南方先生。信じてください。私は、おじいちゃんからずっと聞いていました。幕末の江戸で、たった一人でペニシリンを作り、コレラと戦った勇敢な医者の話を」