第8章 孤高の剣士
第43話:池田屋の報せ
江戸の空は、抜けるような青さでした。
蝉の声が頭を突き抜けるような暑さの中、私はようやくタンクトップの上に薄い着物を羽織り、仁先生の調剤を手伝っていました。
「……暑いですね、先生。京も、これくらい暑いんでしょうか」
「盆地ですから、江戸よりずっと厳しいでしょうね」
先生が薬研を回す音だけが、静かに響いていました。
その穏やかな時間を切り裂いたのは、玄関を激しく叩く音と、恭太郎さんの切羽詰まった声でした。
「南方先生! 桜子殿! 京より……京より早馬が参りました!」
飛び込んできた恭太郎さんの手には、一枚の書状が握られていました。その顔には、先ほどまでの冗談めかした赤みなど微塵もなく、ただただ青ざめた緊張が走っていました。
「……池田屋という旅籠で、新選組が長州の志士たちを襲撃したとのことです。夜を徹しての激戦……死傷者多数……」
「池田屋……!」
私の脳裏に、教科書の文字が浮かび上がりました。幕末の運命を決定づけた大事件。
でも、私の心に真っ先に浮かんだのは、歴史の意義ではなく、あの雨の夜に再会した青年の姿でした。
「……沖田さんは。沖田さんは、どうなったんですか!?」
恭太郎さんは、書状の続きを読み上げるのを一瞬ためらいました。そして、私を痛ましく見つめながら、重い口を開きました。
「……沖田総司殿、激闘の最中に倒れ、戦線離脱。……口から多量の血を吐き、今は一歩も動けぬ容体である、と」
その瞬間、世界から音が消えたような気がしました。
足元から血の気が引き、指先が冷たく凍りつきます。
(……早すぎる。まだ、夏になったばかりなのに……)