第7章 江戸の日常
第41話:再会の橘家
江戸、橘家の門が見えたとき、私は思わず「帰ってきた……」と声を漏らしました。
京の血生臭い空気、龍馬さんの豪快な笑い声、そしてあの雨の夜の沖田さんの告白。すべてが夢だったのではないかと思うほど、江戸の町はいつも通りに賑わっていました。
「咲さーん! ただいま戻りました!」
私が元気よく勝手口を開けた、その瞬間でした。
「……おかえりなさいませ」
低く、地を這うような声。
そこには、仁先生の白衣を丁寧に畳んでいた咲さんが、般若のような――いえ、それ以上に恐ろしい「静かな微笑み」を浮かべて座っていました。
「さ、咲さん……?」
「桜子さん。仁先生。そして、兄上」
咲さんがゆっくりと立ち上がります。その背後には、目に見えるような黒いオーラが渦巻いていました。
「……皆様、揃いも揃って勝手なことばかり。桜子さんは置手紙一つで飛び出し、先生はそれを追って行方知れず。あまつさえ兄上までが、職務を放り出して京まで追いかけるとは……橘家を何だと思っておいでですか!」
「い、いや、咲さん。それには深い事情が……」
仁先生が冷や汗を流しながら弁明しようとします。
「事情? 事情など、お聞きしておりません! 江戸に残された私や、仁友堂の皆様がどれほど案じたか……! 毎日、神田明神にお百度参りをする勢いだったのですよ!」
「咲、すまぬ……。だが、桜子殿の身が危うかったゆえ……」
恭太郎さんが神妙に頭を下げますが、咲さんの追及は止まりません。
「兄上! 兄上はいつも桜子さんに甘すぎます! そもそも、京へ向かう前に一言、相談があっても宜しかったはず。それとも、私はそれほど頼りにならぬ身内ですか?」
「……ごめんなさい、咲さん!」
私はたまらず土下座せんばかりに謝りました。