第6章 呉越同舟
「龍馬さん。……ありがとうございました。私、少しだけ分かった気がします。おじいちゃんが、どうしてこの時代で戦い続けているのか」
「……そうかえ。おんしゃあなら、そう言うと思うちょったぜよ」
龍馬さんは私の頭を乱暴に撫で、それから仁先生に向き直った。
「先生。……歴史の針は、わしらが何をしようと、止まりはせん。じゃが、その針を動かしゆうのは、間違いのう『人』ぜよ。あんたと桜子が灯した火は、案外、この暗い夜を照らす道標になるかもしれん」
仁先生は、深く、深く頷いた。
「……ええ。私たちは、ただの医者です。歴史を変える力などないかもしれない。けれど、目の前の命を救うことだけは、何があっても諦めたくないんです」
品川行きの船に乗るため、私たちは伏見の街道を歩き出した。
振り返ると、京の町並みが朝靄に包まれている。
あの街で、高杉さんは病と闘いながら倒幕の炎を燃やし続け、沖田さんは己の誠を貫くために再び剣を握るだろう。
歴史が命じる結末が、どれほど残酷なものであったとしても、彼らが「生きていた」という事実は、私がこの目で見届けた。
「……先生。江戸に帰ったら、咲さんにたくさんお話をしなきゃ」
「そうですね。……そして、私たちはまた、私たちの戦いを始めましょう」
仁先生の横顔は、京に来る前よりも少しだけ険しさが取れ、覚悟に満ちていた。
桜子と仁が歴史に抗おうと、あるいは寄り添おうと、時代は無慈悲に進んでいく。
けれど、その奔流の中で交わした「約束」だけは、時空を超えて輝き続けるのだ。
江戸への帰り道。
船のデッキで受ける風は冷たかったけれど、桜子の心には、京で手に入れた「自分だけの歴史」が、温かな灯火となって灯り続けていた。